無思想という思想

以前、養老センセーの「解剖学教室へようこそ」を紹介したが、その際に「Mさま」より教えて頂いた本を、またAmazonで中古で購入。送料より安い(!)という驚き(?)の購入価格だったが、面白く、あっという間に読めてしまった。

b0075025_571229.jpg「養老孟司著 ~ 無思想の発見」

日本人は無宗教・無思想・無哲学だという。さて無思想とは、どのような事態か。もしかするとそれは「ゼロ」のようなものではないのか。ならば、「思想がない」というのも、ひとつの「思想」のあり方ではないか。日本の風土が生んだ「無思想という思想」を手がかりに、現代を取り巻く諸問題、さらには、意識/無意識とは何かを、大胆に、されど精緻に考え尽し論じる。

例によって養老センセー、いろんな物の見方を提示してくれる。一見頑固じじい(失礼!)の戯言風の文体も、ずばっと断言してくれるところが小気味良い。本書は、靖国参拝問題らアジア外交、環境問題、憲法九条に至るまで、具体的な政治課題に言及しているのが面白い。

「本当の自分」なんてものはない。「後から自分ができてくる」...のくだり。日本での"自分"は、"I"でもあり"you"でもあったりと、キリスト教的(一神教的)な「霊魂不滅」の思想に支えられた欧米の「個人」と異なり、家族や世間によって「自分」ができてくる日本での「個人」。自分とは「創る」ものであり、探すものではない。で、自分を創るためには「感覚の世界つまり、具体的な世界を身をもって知ることが大切」なのだそう。本題の「無思想の思想」については、数学で言う「0」と同じで、必要なら和魂洋才のようになにか思想を借りておけばよく、その借り物がとことん具合が悪くなったら取り替えれば済んだのが、明治維新であり戦後であった...と。つまり数字のゼロのように感覚と概念の世界とを補完しあう、支点としての無思想こそ日本人のとるべき道であり世界の諸問題を解決に向かわせる真に科学的な態度である...等々。要は、臨機応変に...って事?原理主義は×...と?

「感覚世界」と「概念世界」があって、両者の重なりが「言葉」だって考え方。これがなかなか面白い。感覚の世界は「違い」によって特徴づけられ、概念の世界は「同じ」という働きで特徴づけされる。ワタシとあなたの違う声で「ネコ」と言う時、それは「違う音」にもかかわらず、言葉の上では同じ「ネコ」として把握されるってのが「感覚」と「概念」の違い。それを行ったり来たりせよ...と。

これをね、音楽に置き換えて考えてみても面白いのよ。絶対音感の事なんかも書いてあるけどね。思想=セオリーだったりジャンルだとかって考えるとさ。伝統音楽に対する考え方もそうだし、「これが自分の音楽!」って語ってる人を見る時の違和感(?)とかさ、自分の中でいろいろ説明がついたり頭の中の整理ができた様な気がしたり...あ〜、相変わらず読書感想文は苦手ですなw。

もっといろいろ感じた事はいっぱいあるんだけどね...。興味のある方は是非読んでみて下さいまし。その方が、話が早いので...。r(^ω^*)
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by hiro_c5884 | 2006-12-05 06:24 | Comments(0)
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